最高裁判所第一小法廷 昭和53年(オ)532号 判決 1980年7月03日
上告人
戸田次郎
右訴訟代理人
松本保三
被上告人
戸田静子
被上告人
戸田孝子
右両名訴訟代理人
坪野米男
堀和幸
主文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理由
上告代理人松本保三の上告理由第一点について
被保全権利についてその満足を受けるのと同一の状態の実現を得させる内容の仮処分の執行により仮の履行状態が作り出されたとしても、裁判所はこれを斟酌しないで本案の請求の当否を判断すべきであるが、仮の履行状態の継続中に生じた被保全権利の譲渡、目的物の滅失等被保全権利に関する右とは別個の新たな事態については、仮処分債権者においてその事態を生じさせることが当該仮処分の必要性を根拠づけるものとなつており、実際上も仮処分執行に引き続いて仮処分債権者がその事態を生じさせたものであるため、そのことが実質において当該仮処分の内容の一部をなすものとみられるなど、特別の事情のない限り、裁判所は本案の審理においてこれを斟酌しなければならないものと解するのが相当である(最高裁昭和五一年(オ)第九三七号同五四年四月一七日第三小法廷判決・民集三三巻三号三六六頁参照)。ところが、原審は、本件仮処分の本案である本件訴訟において、上告人に対し、本件係争地の所有権に基づきA車庫収去本件係争地明渡を求め、B車庫の所有権に基づきB車庫明渡を求める被上告人らの請求の当否を判断するにあたり、被上告人らは、上告人に対してA車庫収去本件係争地明渡及びB車庫明渡を命ずる仮処分を執行し、これによつて本訴請求にかかる権利が仮に実現された状態が継続している間に、本件係争地を第三者に売り渡してその所有権を喪失し、また、B車庫を取り壊して滅失させた、との事実を確定しながら、特別の事情のあることを説示しないまま、右のような事実はこれを斟酌すべきでないとして、被上告人らの本訴請求を認容した。原審のこの判断には法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべきであり、その違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は理由がある。したがつて、その余の上告理由について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そうして、本件は、特別の事情の存否についてさらに審理を尽くさせるため、原審に差し戻すのが相当である。
よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(団藤重光 本山亨 中村治朗 谷口正孝)
上告代理人松本保三の上告理由
第一点 本件は判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。
(1) 上告人は、「被上告人(被控訴人)らが、上告人(控訴人)に対しA車庫収去し、本件係争土地明渡およびB車庫明渡を命ずる仮処分(断行命令)の執行後に本件係争土地を第三者近畿土地株式会社に売渡し、所有権を喪失しまたB車庫を取壊して滅失させたから、被上告人らの本訴請求は、訴の利益を欠くか、失当である」と、主張している。原審はこの主張に対し右事実を認定した上、「特定の土地や建物の引渡を目的とする訴訟において被上告人ら(申請人ら)のために右のような内容の満足的仮処分が執行された場合は、仮の履行状態が作り出されているのであるから、その仮の履行状態およびその状態の継続中におきた新たな事実を本案訴訟の当否のための判断の資料に供することは論理的矛盾であり、したがつて本件のように被上告人が仮処分の執行により本件係争地およびB車庫の明渡をうけた後に本件係争地を他に売却して所有権を喪失しB車庫を取壊して滅失させたとしても、裁判所はかかる事実を斟酌することなくして被上告人らの本訴請求の当否を判断すべきものと解するを相当であるとし昭和三五年二月四日最高裁第一小法廷判決を引用している。
しかしながら「本件B車庫を取壊して滅失させた」ものであり、その後その土地を第三者に売却したのである。満足的仮処分の目的は、B車庫の明渡が相当であるとして仮処分の裁判がなされたもので明渡(断行)の範囲を越えて土地売却までしているのである。(この土地売却の事実は原審の認定した事実)
本来、家屋明渡のごとき(家屋収去、土地明渡訴訟でない)訴訟中、断行命令のあつたときは、その家屋は現存することを前提とし、本案にあつては、その家屋の賃借権の存否について賃借物が現存することが前提となる。すなわち、賃借物が現存することが本案訴訟の明渡請求の訴の利益があるということである。
本訴においてたとえ断行命令の明渡があつたとしてもその目的物の滅失があれば、明渡断行後の別の事実である。いつたい賃貸借の存否の訴の利益はその賃貸物の現存しているか、いないかが訴の必要要件なのである。明渡断行命令(民訴法七六〇条)の結果、物理的にもせよ、法律的にもせよ、その物自体なくなれば訴の利益をかくものである。
たとえば、板塀の収去、土地明渡の断行命令による仮りの状態は土地自体が現存することを要するは当然のことである。
本件にあつては「B車庫」は被上告人らの所有でありその賃貸借が使用貸借であつたか否かが争われているのであり、そのもの自体滅失すれば明渡の請求は訴の利益を欠くものとして却下されなければならない。目的物の明渡の状態の継続中に生じたすべての新事態(賃貸物件滅失およびその敷地の喪失という新事態)を斟酌してはならないというのではない(柳川真佐夫著保全訴訟(補訂版)一七一頁参照。)原審はこの点、法令の違背がある。
第二点<省略>